チョン書記長の訪露と欧越FTA

ロシア大統領府は8月31日、ベトナム共産党トップのグエン・フー・チョン書記長とプーチン大統領が9月6日にソチで会談すると発表した。今回のチョン書記長の訪露には、暗雲が立ち込めているEU・ベトナムFTAについて発効に持ち込みたいベトナム側の強い思いが込められている。

ベトナム側も9月1日付にチョン書記長は5-8日にロシアを訪問すると発表した。ただこの段階では明らかになっていないが、チョン書記長はロシアに加えて欧州2カ国も訪問するとの観測が上がっている。行き先はスロバキア、そしてチェコもしくはフランスとされる。

この4カ国は、2017年7月23日にベトナム諜報機関が起こしたチン・スアン・タイン元ペトロベトナム建設会長の拉致、もしくはベトナムの人権問題と関係が深い。

ドイツ捜査当局によれば、タイン元会長は在チェコ越僑が借りた車で陸路スロバキアに運ばれた。そして訪問中のトーラム公安大臣ら一行とともにタイン氏は26日にスロバキア政府専用機でポーランド領空を通過してモスクワに連れ去られ、28日のベトナム航空機でハノイに帰国させられた。

ドイツは自国領土内でのベトナム情報機関による拉致という国際法違反に怒った。越僑が拉致に関わっていたチェコ、前政権によるタイン氏送還への協力が疑われているスロバキア、同国のカリナック内務大臣が搭乗するという虚偽の申請を受けて領空通過を認めたポーランドとの関係もこじれている。チョン書記長がチェコやスロバキアに訪問する場合、両国の不信を鎮めるための何らかの措置を伝えることになるだろう。

一方でベトナムとの伝統的な友好国のロシアは、タイン氏送還に協力していた可能性もある。首脳会談では、拉致事件に対する国際的な批判への対応についても話し合われるだろう。

タイン元会長の拉致とも関連するが、EUはベトナムでの活動家の弾圧に批判を強めている。4月には複数政党制の導入を求めて2015年から拘束されていたグエン・バン・ダイ弁護士ら4人に有罪判決が下されたことについて「国際的な義務に対する直接的な違反」と批判した。また8月20日にも人権活動家のレー・ディン・ルオン氏の有罪判決を受けて同様に非難した。

チョン書記長は、EUで主導的な役割を果たすフランスでは人権問題の進捗について説明を求められるだろう。書記長は3月にもマクロン大統領と会談し、共同声明には「人権と基本的な自由の推進と保護」が謳われている。

ベトナムは6月にダイ弁護士夫妻をドイツに「追放」し、事実上の亡命を容認した。仮に最高指導者のチョン書記長がEUを訪問するのであれば、それなりの「手土産」を持参するだろう。タイン元会長のドイツ亡命を認めるという観測もある。もともとEUにとって人権活動家でもない国営企業元トップの処遇について、それほど事を荒立てたくないはずとの見方も強い。だとすればEUとのFTA発効に向けた駆け引きは、今週から来週にかけて山場を迎える可能性がある。

(ベトナムウオッチャー 杜明英)