大手ファンドもハマる「ベトナムM&Aリスク」

オーナーが力を持つベトナム民間企業に対するM&Aでは、基本合意までは速い。リスクはその後にある。ベトナム3大ファンドのビナキャピタルもこの罠にハマった。

一連の報道を総合すると、ロンドン証券取引所上場の「ビナキャピタル・ベトナム・オポチュニティ・ファンド・リミテッド」は2018年2月、ベトナム鶏卵大手バーフアンと同社株の33.77%を3250万ドルで取得することに合意した。バーフアンはベトナム卵市場のシェア3割を握る優良企業だ。契約書には内部収益率(IRR)を22%とすること、VOFの拒否権保有、業績次第でVOFが出資比率を51%以上に買い増しできるオプションといった条件が盛り込まれていた。

バーフアンは後になってこうした条件を不服とし、8月8日に契約破棄に追い込んだ。

経緯はこうだ。両社は英語版の契約書に署名したが、ベトナム語版契約書は署名20日後になりバーフアンに渡された。ベトナム語版を読んた女性オーナーのグエン・ティ・フアン氏は、契約条件に驚き「我が社が乗っ取られようとしている」と危機感を持った。さらにフアン氏によれば、英語版とベトナム語版の間に齟齬があるばかりか、合意内容は当初の交渉内容と矛盾していたという。

ビナキャピタル側は、バーフアンの申し立てを否定している。契約内容は市場慣行に従っており、同社がこれまでに実行した出資案件と同等で、英語版とベトナム語版に齟齬はなく契約内容もベトナム法に依拠している。さらに交渉期間が6カ月あったことを踏まえれば、「バーフアンは契約上の義務を完全に理解していた」と主張した。

契約破棄を受けてビナキャピタルのドンラムCEOは地元メディアに、「100件超ある出資に合意した案件でクロージングに失敗した初めてのケース」と漏らした。どちらの言い分が正しいのかは不明だ。ただ契約書の精査を怠ったバーフアンに対しては、自国企業に肩入れしがちな地元メディアもさすがに批判的だ。バーフアンに資金提供する投資家を呼び込むことは今後は困難になるだろう。

さらに見逃せないのが、フアン氏がビナキャピタルとの契約上の問題を政治の場に持ち込もうとしていたことだ。7月上旬にグエン・スアン・フック首相充てに「ビナキャピタルに騙された」として救済を求める請願書まで送っていたことが明らかになっている。実際に政治介入はなかったようだが、フアン氏の行為は「企業間の紛争は交渉か、司法を通じて解決すべき」と弁護士らに強く批判を受けた。

他方で、新聞沙汰になった今回の失敗の傷はビナキャピタルにとっても浅くない。地元メディアには「ベトナム語版を準備していなかったVOFもプロのファンドらしからくない」との指摘もあった。VOFのバーフアンへの出資が「孵化」できなかったことは、ファミリー企業の経営に外部の出資者が参画する難しさや、政治が企業間の契約書に介入する可能性といった「ベトナム・リスク」を教えてくれる。

(ベトナムウオッチャー 杜明英)