医療事故のスイスチーズモデル(2/2)

医療事故は一つの原因ではなく、個人やシステムのいくつもの複合的な要因によって起こるとされる、J. Reasonのスイスチーズモデルについての続き。今回は、起こらなかった事故の評価についてです。

事故を防ぐのは大切ですが、評価が困難であるという矛盾があります。何回やってもこの悪い事象の関連が起きないようにシステムを構築する努力は、継続的な知力・根気・やる気を必要とします。しかし、起きなかった事故に対する評価はどうやってすればよいのでしょうか?事故が起きないのは対策をとり続けているからで、それを怠れば、普段何万回と繰り返す仕事という手順の中に偶然入り込む悪い連鎖が患者・医療従事者を飲み込むことになります。あの人はいちいちうるさいな、と思われている人がその連鎖を止めているのですが、それは起こらなかった事故なので直接評価につながらないのです。医療従事者を含め、事故を起こす可能性がある行為に従事する方々はこれを理解しないといけません。

何重ものセイフティーネットをくぐり抜けて起こる事故を防ぐためには、それぞれの防御壁の穴を見つけてそれを小さくし出来れば塞ぐ努力が必要です。その一つが前述したインシデント・アクシデントを報告するシステムです。“同種の事故330件を1単位としてみると、300件は障害のない事故、29件は軽い障害が生じた事故、1件は重大な障害または休業災害を起こした事故である”というハインリッヒの法則より、障害のない事故は確率的に多いのでそれを報告させて、防護壁の穴を見つけて対策をとるのです。

この件での医療安全に関する他のキーワードは、解析法としてのRCA (Root Cause Analysis)や、システム論としてのレジリエンスエンジニアリングがありますがそれはまたいずれかの機会に。

偶然の神が支配するこの世界では“祈り”の他に“知恵”が必要なのです。

*本稿は私見であり、私が所属するいかなる組織の公式見解ではありません。

(櫻井 淳、日本大学医学部救急医学系救急集中治療医学分野 診療教授)