医療事故のスイスチーズモデル(1/2)

投稿動画サイトで、ゴールの遠くから後ろ向きでバスケットボールを投げて入れたり、食パンをトースターに4枚同時に投げ入れて入るような、奇跡的な映像をみることがあります。凄いなあと感心して見ていますが、実は何度も繰り返して行い出来るまでやった上でうまくいった映像を見せているということです。この様に、何度も同じことをやっていれば、ことがうまくいくためにいろいろな要素が偶然積み重なってぴたりとはまる瞬間があるということが解ります。これは残念ながら、医療事故のような物事が悪く回る際にも事実としてあり得ます。

現在医療事故は一つの原因ではなく、個人やシステムのいくつもの複合的な要因によって起こるとされています。これは、J. Reasonのスイスチーズモデルとして知られています(写真)。穴の空いたチーズが事故を防ぐ防護壁、チーズの穴を何らかの間違いとすると、チーズを重ねてその穴がちょうど重なって向こうが見通せる様に、一つの医療事故が起きる際には、そのシステムにおいていくつもの過誤が存在しそれが連鎖する瞬間があるということです。普段は防護壁が働き、事故に至る前に止まるのですが、ある悪い意味での奇跡的な瞬間に、全ての過誤が順序立てて起こり、すべての防護壁をすり抜けて事故に至るのです。

医療事故を解析して間違いが起きた過程をたどると、時に愕然とします。何でこのタイミングでこれらのことが順番に起きるんだと、腹が立つというよりあきれてしまうことがあります。ほんの少しの物品の配置が違ったり、ほんの少しタイミングがずれていたら、誰か一人でも気がついてくれたら本来は起きえなかったことが連鎖的に起きて最終的に事態に至る過程は、おかしなたとえですが、NHKの幼児番組のピタゴラスイッチのオープニングを思い出します。

このことは医療事故のみでは無く交通事故を含め全ての事故に当てはまるでしょう。事故はみんな避けようと努力していても、この悪い連鎖が順序通りおきて発生するのです。これは人生に“ぽっかり空いた暗くて深い落とし穴”であり、いつ誰がそこに落ちるかは運命の神としての偶然が支配します。逆をいうとこの連鎖が途中で止まり事故にいたらなかったケースは実は何十万、何百万とあるのです。

放り投げた食パンは普通はトースターに入らず外に落ちますが、ある瞬間は偶然にトースターにはまります。それだけ見るとすばらしい技術が背景にあるように感じますが,実はそれは錯覚です。起きた事故をみると、事故を起こした張本人は間抜けで不注意に見えますが、それは事象の連鎖の果てに起きた偶然の結果であり、たまたまその最終段階にその不注意があったに過ぎないことを理解するのが、事故を防ぐ立場にいる人間には必要な感覚なのでしょう。

次回は、起こらなかった事故の評価についてです。

*本稿は私見であり、私が所属するいかなる組織の公式見解ではありません。

(櫻井 淳、日本大学医学部救急医学系救急集中治療医学分野 診療教授)