医療事故報告と罰(古代ギリシャ哲学思考から)

医療事故を報告することは医療事故を防ぐのに必要なことです。次の医療事故を防ぐために、医療事故の詳細を検討し対策を立てるのが必要だからです。しかし、もし医療事故を罰することが通常であれば、罰を受けたくない医療従事者は医療事故を報告しなくなります。

労働災害の現場で、“同種の事故330件を1単位としてみると、300件は障害のない事故、29件は軽い障害が生じた事故、1件は重大な障害または休業災害を起こした事故である”というハインリッヒの法則があります。医療事故も同様に考えると、ある医療行為において、重大な医療事故(アクシデントという)1件の背景には、軽微な障害の医療事故(インシデントという)29件と障害を生じていない事態(ヒヤリ・ハットという)が300件存在しています。インシデントやヒヤリ・ハットの報告を集め対策を立てることが、アクシデントを防ぐことに繋がると考えられており、院内の医療事故に対する報告システムの充実が大切なこととなります。

古代ギリシャは、物事のあるべき姿を「真」、そこからずれている姿を「偽」と捉えました(現在の「偽物」という言葉で使う「偽」とは少し違います)。この「真偽」は科学的な思考に引き継がれています。医療事故はこの真偽の区分に沿えば偽であります。一方、同じ古代ギリシャは物事を善悪という軸でも区別し倫理的な思考に引き継がれています。医療事故は偽ですが、善悪としては評価するべきではないと考える必要があります。

医療事故を悪とするならば、医療事故を起こした悪人を罰しようという流れになります。どの様な対策を取って備えても一定の確率で必ず起きる可能性のある医療事故は、報告者に罰があると報告されなくなり対策がとれなくなります。

(櫻井 淳、日本大学医学部救急医学系救急集中治療医学分野 診療教授)